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 白い狐は、黒い猫と友達になりたいと思った。

 

 狐の間では、猫は嫌われ者だ。猫は、狐の縄張りを無視して勝手に歩き回る。猫は、狐の大切な食べ物を勝手に食べる。猫は、ニャー、といった感じの理解できない言葉を喋る。それに、猫は狐とは違う変な匂いがする。

 狐の間では、そんな猫は嫌われ者だったし、猫を見たら逃げるか、みんなで力を合わせて追い返すものだ、と小さい頃から言い聞かされていた。

 でも、白い狐は、なんとなく、黒い猫と友達になりたい、と思った。

***

 黒い猫を始めて見た時、その猫は、白い狐の気に入りの場所で昼寝をしていた。

 それは、森のはずれの方の、とてもとても太い、樹の上だ。人間という、二足で歩く変な生き物のなわばりの真ん中にある。そんな所にあるから、狐も猫もあまりやってこない。夏は葉っぱで日陰になって涼しくて、冬は日向ぼっこできて暖かい。すごく高いから、空も森もよく見える。すごく太いから、枝から枝を飛び回って一回りするだけで大冒険だ。そして、まわりには木じゃなくてヘンな形をした人の巣が並んでいる。そんなところが、白い狐は好きだった。

 そんな樹の上で黒い猫が昼寝をしている時、白い狐はびっくりした。だって、この樹の上で自分以外の他の動物を見たのは、初めてだったから。これじゃぼくが昼寝出来ないよ、と思ってすこし嫌な気持ちになったけれど、いつもは誰も来ないこの樹の上にやってくるこの黒い猫は、一体どんな子なんだろう、とも思った。

 この黒い猫はこの近くで暮らしているのかな。だとしたら、おいしい実のなる木も、お魚の取れるつめたい川もない人間が住んでいるこの辺で、どうやって食べ物を探しているんだろう。それとも、ぼくと同じように森からやって来たのかな。森から来る時に、血の気の多い人間をどうやって避けて来たんだろう。そもそも、この黒い猫はどうしてここに居るんだろう。たまたま気まぐれで来ただけなのかな、それともぼくと同じように、ここが好きなのかな。好きだとしたら、何が好きなんだろう。この風景が好きなのかな。それとも、とても気持ちのいい風が好きなのかな。そんなことを、白い狐は知りたいと思った。

 白い狐は、そんな自分にびっくりした。だって相手はあの猫である。普通だったら、逃げよう、とか、追い出してやろう、とか、そういった事を考えるはずなのだ。白い狐は、ぼくは頭がおかしくなってしまったのかもしれない、と思った。少なくとも、森の仲間たちにそんな事を言えば、きっと心配されたり、怖がられたり、避けられたりするかもしれない。ひょっとすると、森から追い出されてしまうかもしれない。そこまで考えてみたけど、白い狐はやっぱり、黒い猫の事がなんとなく気になった。ぼくと同じ場所がきっと好きなこの黒い猫が、悪い子に違いない、とはなんとなく思えなかったし、悪い子でないなら、仲良くだってなれる気がした。うーん、まてよ。森の仲間たちは人間の住む所へはけっして来ないし、近づこうともしない。森のみんなに黙っていれば、きっと…みんなに嘘を付くのは少し心がむず痒いけれど…ばれないだろう、と思った。

 そうなれば。どうやったら、黒い猫の事を知れるんだろう。猫には狐の言葉は届かないし、猫のことばも狐には届かない。だから、白い狐は、とりあえず、黒い猫の近くにいようと思った。そうすれば、きっと、この猫の事を少しずつでも知れるだろうと思ったから。

 でも。ぼくは黒い猫の事が知りたいけど、黒い猫はぼくのことが、狐のことが嫌いかもしれない。だって、狐が猫にひどい目に遭っているのと同じぐらい、猫は狐にやり返されているんだもの。だから、黒い猫にいきなり近づいたら、この子は逃げてしまうかもしれない。うーん、いつも猫を見ると逃げたいとしか思わないけれど、近づこうとするとじつは逃げるより大変なんだなあ。

 白い狐は、諦めて帰ろうかな、と思って後ろを振り向いた。…ううん、このまま帰ったら、この木に登るたびに、どうしてあの時帰っちゃったんだろう、って後で何度も思い出してしまうかもしれない。そう思って、やっぱり振り返った。そうだ。今日は樹の上でおやつのネズミを食べようと思っていたんだっけ。猫の好物だよね。いつもは奪われるのを怖がっているけれど、今日はこの子にあげてみよう。いくら相手が普段ひどい目に合わされている狐でも、ネズミを貰ったら悪い気はしないはずだ。…たぶん。早く行かないと、あの黒い猫はどこかへ行ってしまって、もう二度と会えないかもしれない。そう思って、白い狐はゆっくりと、樹へと近づいて行った。

 樹の上へ昇っていくと、最初黒い猫は遠くを見ていて、白い狐には気がついていないみたいだった。白い狐が同じ枝に足を掛けると、黒い猫はこちらに気がついて一気に身構えた。赤い目が、すごくするどい。怖い。…う、うん、でもここまでは予想どおり。白い狐は、そこで申し訳なさそうにネズミを置いて、ゆっくりと、黒い猫から目を逸らさず、ゆっくりと後ずさった。

 黒い猫は、しばらくこちらの様子を伺っていたけれど、白い狐がしばらく後ずさると、白い狐から目を離し、ネズミに近づいてむしゃむしゃ食べ始めた。よかった、ぼくのネズミを食べてくれた。もしかして、お腹が空いていたのかな。…白い狐は、おかしな気分になった。だって、いつも猫に食べ物を奪われて嫌な気持ちになっているのに、…ううん。ぼく、仲間から聞いただけで、猫にほんとうに食べ物を奪われたこと、ないや。白い狐は、そのまま黒い猫から少し離れた別の枝に座って、黒い猫のことを見ることにした。

 黒い猫は、ネズミを食べたら眠くなったのか、枝に載って目を閉じて眠っていた。風が強くなるたびに、黒い猫の耳がピクピクと動いて気持ちよさそうだった。白い狐も、秋の涼しい風を感じながら、風景をぼんやりと眺めていた。上を向くとうろこ雲がいつもより少し速く走っていて、その下にはぼくや仲間たちの住む森があって、その下では、とがっていたり、まんまるな大きい形の巣からたくさんの人間たちが出たり入ったりしている。…白い狐もなんだかうとうととしてきて、目を閉じて、お日様のあたたかさを感じながら…気がつくと、眠っていた。

***

 くしゃみをして、白い狐は目を覚ました。寒い。上を見ると空は黒と青と白と赤のグラデーションになっていて、おひさまは地面への下へ隠れてしまった。下を見ると、人間たちは月より明るくて太陽よりはくらいぐらいの、光の玉をいっぱい光らせて、歩く先を照らしている。人間は、狐よりあまり目が効かないから、光る玉を使わないと夜は目が見えないって、教わった事がある。…そろそろ夜だ。森へ帰らないと。

 …そういえば、と黒い猫の事を思い出した白い狐は、隣の枝へ目を向けた。黒い猫はもう居なくなっていた。森に帰ったのか、別の木に移ったのか、それとも、人間に飼われているカイネコだったのか、それは分からないままだったけれど、白い狐は、また明日会えると良いなあ、と思った。

***

 次の日も、白い狐はネズミを持ってきた。昨日と違って、今日はふたつネズミを採ってきた。もし居なかったらどうしよう、と思ったけれど、その時はがんばってぼくがふたつ食べればいい。あの白い猫は、ネズミのほかにはどんなものが好きなんだろう。

 昨日黒い猫が居た枝に腰掛けると、白い狐は空を見た。今日は雲が一つもなくて、青い空がずっと続いている。森はまだまだ緑で、これからしばらくして寒くなってくるとすぐに真っ赤になるのが信じられない。人間たちは、そんなのお構いなしといった風で、いつものようにあっちへこっちへ歩き回っている。

 枝の上で風に吹かれていると、白い狐は昨日の黒い猫を見つけた。黒い猫は、白い狐のすぐ下の枝に座り、しっぽを揺らしながら人間のほうを眺めているみたいだった。…見ている先には、肉をさばいて他の人に肉を渡す人間、肉屋さんが肉を並べていた。黒い猫は、きっと今日もお腹が空いているのだろう。

 白い狐は、黒い猫と同じ枝まで降りて、昨日と同じようにネズミを置いて少し離れて、でも同じ枝に座ったまま、黒い猫がどうするか見ていた。黒い猫は、じっと白い狐のことを睨んでいたが、しばらくするとネズミを加えて、元に戻って食べ始めた。白い狐と黒い猫は、同じ枝でネズミを食べながら、そのまましばらく樹の上から空や森や街を眺めていた。

   *

 白い狐が枝の上でうとうとしながら寝転んでいると、黒い猫は立ち上がって、白い狐のほうにやってきた。白い狐はびっくりして飛び起きそうになったけれど、じっと目を閉じて気づかないふりをした。すると黒い猫は、そのまますぐ横を通って樹の下へと降りていった。

 白い狐は、ちょっとだけ仲良くなれたようで、なんだか嬉しかった。

***

 それから、来る日も来る日も、白い狐と黒い猫は同じ樹の上で空や森を眺めていた。あれから目に見えて仲良くはなれなかったけれど、白い狐は黒い猫のことを色々知った。

 どうやら、黒い猫は最近この近くにやってきたらしい。猫にもナワバリがあるらしいから、きっと黒い猫のナワバリはこの辺なのだろう。

 黒い猫は、あまり日光が得意じゃないらしい。いつも、影になる位置で眠っている。風があまり強い日は、来ない。雨の日は、どうかな。ぼくが樹に行かないから、分からない。

 黒い猫は、狐と違って人間に好かれている。樹から降りて街を歩いていると、人間が寄ってきて頭を撫でられたり、食べ物を貰ったりする。色々な人から貰っていたから、カイネコでは無さそうだった。

 黒い猫は、人間から色々なものを貰って食べている。普通、猫は食べないと聞いたお芋やお米、大豆やにんじん、なんでも食べる。だから、白い狐はネズミ以外にも、森でしか採れない木の実や果物を黒い猫にあげた。黒い猫は、とくに顔色を変えずに食べていた。

 白い狐が黒い猫にネズミや木の実や果物をあげるのよりはずっとたまにだけれど、黒い猫は白い狐に、人間から貰った食べ物を分けてくれた。…ううん、余っただけだったのかもしれない。…とにかく、人間の食べ物を白い狐は初めて食べた。人間の食べ物は、どれも味がこくて、すごく喉が乾く。黒い猫に貰えたのはなんだか嬉しかったけれど、黒い猫はいつもこんなのを食べていて大丈夫なのかな…。

***

 夏の気配はすっかり消え去って、森が赤く色づきはじめた。何度見てもどうしても信じられないのだけど、森が赤くなり始めるのを見ると、やっぱりまた、森が全部真っ赤になって、やっぱりまた葉っぱが全部落ちて、やっぱりまた冬がやってくるのかな、と白い狐は思った。葉っぱがきれいに赤くなるのは、厳しい冬の前の、森からの最後のプレゼントなのかもしれない。

 人間も同じことを考えているからなのかは分からないけれど、人間たちはこの時期になるとお祭りをする。かぼちゃをくり抜いて中に炎を入れた明かりを持ち、いつもと違った色がきれいな服を着て、街中を練り歩いて、パレードをする。

 今日は、人間たちのパレードの日らしい。街には昨日はなかった飾り付けがしてあって、たくさんのかぼちゃが並んでいる。白い狐はいつもの人が居ない通りを走って、そそくさと樹へ向かう。街中が人間だらけになる前に、樹の上にのぼっておきたかった。

 いつもより大分早く来た樹の上には、まだ黒い猫はいなかった。黒い猫は人間に好かれているから、わざわざ早く来たりする必要はないのだろう。そもそも、黒い猫が今日も来るかどうかも、白い狐にはわからなかった。

 白い狐がしばらく樹の上でぼんやりしていると、人間のパレードが始まった。

 各々が色々な仮装をして練り歩いたり、同じ格好をして踊ったり、とくに決まった決まりみたいなものはなくて、それぞれの集まりでそれぞれ練り歩いたり、踊ったり。白い狐はどうしても人間が好きになれない。人間は狐を嫌っていて、棒で殴って森へ追い返そうとしたりするから。でも、パレードや踊りは賑やかで、見ているだけでも楽しいな、と尻尾を踊りに合わせて揺らしながら思った。森の仲間が語ってくれるおはなしみたいに、ぼくも人間に化けられたら、あの中に入って一緒に踊れるのに。

 しばらく白い狐はパレードを眺めていたけれど、黒い猫がいつもの時間になっても、それからしばらくたっても、もっともっとたっても、来る気配が無くて、すこし心配になってきた。黒い猫はお祭りに来たたくさんの人間にたくさん食べ物を貰ったり、頭を撫でられているから来ていない…とか、黒い猫はお祭りは嫌いだから今日は来ない…とかだと、いいんだけれど。

 そうしていると、黒い猫がやってきた。人間の使う食べ物の入れ物にたくさん食べ物を入れて、するすると樹を登り、白い狐と同じ枝に乗った。白い狐は、枝の先へ移動して、黒い猫のために場所を空けた。

 白い狐は心配な気持ちが気のせいで良かったと、樹の上で仰向けに寝転んで、空を眺めていた。今日は、いつにもまして雲がすごく早い。さーっと雲が流れて、形がぐるぐる変わっていく。地面や樹の上はそんなに風が強くないのに、きっと空の上ではすごく強い風が吹いているのだろう。

 黒い猫は人間にもらった食べ物を半分ほど食べると、白い狐のそばへ持ってきて、元の位置へと戻っていった。今日も、黒い猫は食べ物を分けてくれるらしい。あれだけもらって、食べ切れるわけないもんね。白い狐は、もう少し空を見ていたいかなと思って、黒い猫のくれた食べ物には手をつけず、じっと空を眺めていた。

 下から聞こえてくる人間たちの掛け声は少しずつ弱っていって、空も昼から夜へ移り変わろうとしていた。

 その時、となりから突然ウエッ、ウエッ、という鳴き声が聞こえてきた。白い狐が慌てて起き上がると、黒い猫が何かを吐いているのが見えた。毛玉を吐いているのだろうか。ぼくも、たまに毛づくろいで飲み込んだ自分の毛を吐くときにこうなるけど、猫もそうなのかな。…でも、黒い猫はずっと吐き続けて、足取りもだんだん危なくなって。ついに吐いたものの上に倒れてしまった。白い狐は、なにが起こっているのかは分からないけど、とにかく、黒い猫が危ないことだけは分かった。

 隣にある、黒い猫のくれた人間の食べ物の入った器を見ると、見慣れない形の食べ物も沢山入っていた。ひょっとすると、食べてはいけないものを食べてしまったのかもしれない。昔、人間の育てている野菜は狐にとっては毒で、死んでしまうこともあるから畑から食べ物を盗んではいけない、と聞いたことがある。しかも、人間たちは野菜とかをそのまま食べるのではなくて、すりつぶして混ぜたりして食べる。ひょっとすると、この見慣れない食べ物の中に、その危ない野菜が入っていたのかもしれない。

 どうしよう。黒い猫、死んじゃうのかな…。ぼくが早く黒い猫の食べ物を見て、暗くなる前に気づいていれば、こんなことにはならなかったのかな…。けれど、気づけたかは分からないし、たとえ気づいても、猫にぼくの言葉は届かない。どうやったら治るのかも、ぼくには分からない。ぼくは…どうしたら…どうすれば…いいんだろう。

 …そもそも、一緒に樹の上に登って風景を見ていただけの仲じゃないか。ぼくが黒い猫と仲良くなれても、それは森の仲間たちには言えない。きっと、黒い猫も、ぼくの事を友達だとも、仲間だとも、思ってない。たまに食べ物をくれる、残飯処理係。このまま見なかったことにして、何食わぬ顔で森に戻って、もう二度とここには来なければ、きっといつか忘れていつもの生活に戻れる。うん、森に走って帰っちゃおう。いますぐ。そんな考えが、白い狐の頭に浮かんできた。

 そう思いながら、白い狐は黒い猫を見つめたまま、後ずさっていった。でも、後ずさるたび、白い狐の体の中で、何かがぐるぐるといきおいよく動く。きゅーっ。ぐるぐる。ぐぐぐっ。

 …白い狐は、なんとかして、黒い猫を助けたいと思った。またこの樹の上で、黒い猫と、風に吹かれたいと思った。それで十分だと思った。

 それなら。どうすれば助けられるか。たぶん、黒い猫は一刻を争う。森の仲間たちに相談する余裕は、たぶんない。あったとしても、まずぼくが黒い猫と友達だって説明して、助けて欲しいって言って、ぼくが頭がおかしくないことを分かってもらわないといけないけれど、たぶん、仲間たちに分かってもらうにはすごく時間がかかる。だから、頼れない。

 じゃあ、黒い猫の仲間の猫はどうだろう。ぼくは狐だから、黒い猫の仲間が居たとしても、助けてほしいってことも伝えられない。それに、猫には仲間が居ないって聞いたことがある。他の猫たちは、黒い猫が死んでナワバリが空けば、むしろ嬉しいのかもしれない。

 となると…残りは人間しかいない。さいわい、黒い猫は人間に好かれている。人間は猫と一緒に生活していて、犬や猫の病気を直してくれる病院というのもあると聞いたことがある。きっと、樹の上から見える、いつも猫や犬を連れた人が歩いてるあたりがそうだと思う。そこに黒い猫を連れておけば、きっと誰か人間が気付いて助けてくれるはずだ。今日はパレードだから、たくさん街に人がいる。きっとすぐに気がついてくれる。

 でも、ぼくは人間から嫌われている。黒い猫を背負ったら、できるだけ人の居ない道を通って、黒い猫を置いたら早く逃げて樹の上に戻らなきゃ。薄暗くて人間の目が鈍っている今のうちに、できるだけ早く。

 白い狐は黒い猫を乗せて、樹の下へ降りていった。黒い猫は、思っていたよりあったかくて、おもかった。樹の上から見て、パレードや踊りをしていなかった所を通って、猫の病院へと走っていく。でも今日はお祭りだから、いくら人間が少なさそうな道を選んでいても、人間に出くわしそうになって回り道ばかりしてしまって、なかなか先へ進めない。黒い猫の息がどんどん荒くなっているのが、すごく不安だった。早く行かなきゃ。

 どれくらい経ったのかは分からないけれど、たぶん、猫の病院だと思う所に、白い狐と黒い猫はたどりついた。白い四角の中から、犬や猫を連れた人が出入りしている。きっと、ここだ。黒い猫を早く助けて。

 白い狐は黒い猫を下ろすと、人間に見つからないうちにここを去って樹に戻ろうとしたけれど、樹へ向かう道はもう人間でいっぱいだった。もう暗いし、今日はこのまま森へ帰ろう。明日、また樹の上で会えますように。白い狐は、森の方向へ走り出した。

 そのとき、白い狐は何かがパンと弾けたような音を聞いた。

 あれ…足がすごく痛い。白い狐はそのまま倒れ込み、地面の上で動けなくなってしまった。…無理して走ったから、体が泣いちゃってるのかな…。

 「今日はハロウィンだってのに、森から野生動物とはな」

 「たくさん屋台も出ますからね、食べ物につられてやって来たんでしょう」

 「舌の肥えた狐だな。誰も襲われないうちに捕獲できてラッキーだったぜ」

 

 人間の言葉は、もちろん、狐には届かない。

 気がつくと、足の痛みはなくなってきた。だんだん暖かくなってきて、…ううん、寒い気もする…眠くはないけど、うとうと。ふわふわして、ちょっと気持ちがいい。人間の鳴き声や、パレードの音は遠くなって、

 …

 …あの子の事を助けてくれるといいな。

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